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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1237号 判決 1963年10月30日

控訴人(原告) 高橋正男

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 館忠彦 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金九百七十九万八千五百五十五円及びこれに対する昭和三十三年六月二十六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、控訴人は別紙第一目録記載の土地を所有し、田中新田久保下二十九番地の一に八十二坪五合の温室(第四目録記載のとおり)を設けていた。静岡県土地収用委員会は起業者を建設大臣相手方を控訴人とする一級国道一号線改築事業吉原市地内の土地収用についての裁決申請事件につき昭和三十三年六月七日「第一目録の下ウタリ五百二十三番の一のうち一反一畝二十八歩同番の二のうち三畝十一歩、久保下二十七番の一のうち十歩、同番の三のうち五畝二十九歩、同番の四のうち一歩、同番の六のうち四十六坪三合三勺、同二十九番の一のうち一反二畝四歩を右事業のため収用するものとし、損失の補償を金三百三十七万五千六百二十三円(内訳は別紙第五目録裁決欄のとおり)、収用の時期を昭和三十三年六月二十五日とする。」旨の裁決をした。

二、しかし、右収用による控訴人の損失は合計金千三百十七万四千百七十八円である。その内訳は、次のとおりである。

(一)  収用土地の損失金二百十二万三千三百円、

本件土地附近は南に砂丘が迫り、北は浮島ケ原と呼ばれる一帯をひかえ、水田が多く畑地が極めて少く、耕地は零細化し地価が昭和二十五年頃から高騰しているが、殊に本件土地附近は大工場の建設港湾の開発等のため地価が非常に高く、収用土地の当時の時価は合計金二百十二万三千三百円(内訳は別紙第二目録の控訴人請求欄のとおり)である。

(二)  収用残地の損失金五十一万五千八百三十円

(イ) 下ウタリ五百二十三番の一の内二十歩については裁決どおりの金九千六百円の損失がある。

(ロ) 久保下二十九番の一の内八歩の損害は金七千二百八十円である。

(ハ) 久保下の控訴人の所有地は地番は異つているが一団のまとまつた畑であつて温室及びフレーム栽培により利用価値をあげてきたが本件収用により分断され従来の効用を有しなくなつた。そして、同二十九番の一の内一畝二十九歩は新設国道が鉄道線路と交叉する点にあり、高さ約八メートルの新設国道のため狭い三角形の谷底状の日陰地となつた。このため農耕地としては作物の生育が悪く不適当となり、住宅地に転用するにしても側壁の設定と土盛費を要し採算上不可能であつて、八〇パーセント(坪当り金二千百二十円)の補償が必要である。また、同二十七番の一及同番の三は接続地であるがその南側を約七メートル以上の高さの新設国道が通ることゝなつた。そのため日照を妨げられ農耕地としての利用価値を減殺され、住宅地に転用するにも多大の土盛費を要し地積が僅少のため需要に乏しいから七〇パーセント(坪当り金千七百十五円)の補償を必要とする。

右の合計は金五十一万五千八百三十円(内訳は第三目録控訴人の請求欄のとおり)である。

(三)  物件の損失金百二十七万二千四百五十八円

(イ) 温室物件については裁決どおりの金八十八万九十六円の損失である。

(ロ) 夏菊

久保下二十七番の一及び三の地上に裁決当時収獲直前の夏菊東亜種一万五千本を栽培していたが、これを移植することは困難であつたからその損失の補償を求める。その収益見込は売上金額二十九万七千五百円、市場取扱手数料一〇パーセントを差引き金二十六万七千四百五十円、これから生産資金四万三千五百三十八円を控除した金二十二万三千九百十二円が得べかりし利益であり、これと因果関係のある損失として既に支出した穂苗費、藁枠代、肥料費、その他消耗費、ビニール補充費金三万三千四百五十円の損害があるので、右合計金二十五万七千三百六十二円が全損害である。

(ハ) 梨樹

控訴人は下ウタリ五百二十三番の一の土地に二年生の梨樹九十本を八年間植栽したが、同土地が収用されるから撤去するよう大野部落の国道委員を通じて督促を受けたため昭和三十二年春これを掘り取つた。右梨樹は一本金千五百円相当で九十本合計金十三万五千円の損失を受けた。

(四)  温室経営及びフレーム栽培の廃止による損失金九百二十六万二千五百九十円

控訴人は久保下二十九番の一の土地に八十二坪五合の温室を経営しその接続地に三百坪のフレームを設けて花卉の栽培を営んでいた。ところが、本件土地収用によつて右温室敷地及びフレーム用地が収用された。控訴人は右経営を継続するためその代替地の提供を起業者に求めた。右収用された土地に替り得べき土地は一団の土地として存在する大野新田六百九十番の一畑四畝十七歩(所有者渡辺彦作)同六百九十一番の一畑五畝二十三歩(所有者長橋惣吉)同六百九十二番の一畑八畝十四歩(所有者新船藤吉)であつた。しかし、起業者も収用委員会もこれを容れなかつた。田中新田二百七十五番の三十八畑一反四畝二歩、同二百七十五番の三十二畑一反五畝十歩(所有者中村信吾)の一部が所有者から替地として提供の申出があつたが、この土地は南側と西側が高い土手と松林になつていて日照が不足し、強風、高波の危険があり、通行に他人の地内を使用する必要があり、砂地であるため、右収用された土地に比して温室及びフレーム経営に著しく不適当であるので、右申出は控訴人が拒絶した。そして起業者は控訴人所有の下ウタリ五百二十三番の一の残地畑九畝二十八歩、同番の二の残地田(現況畑)二十歩を替地として使用できる旨主張している。しかし、この土地は(イ)東北に高さ約九メートルの新国道が設けられているその裾にあるため、日照が不足する、(ロ)常習冠水地帯の一部であつて、冠水の危険があり、温地であるため花卉の栽培に好ましくない、(ハ)季節風及び台風の被害を受けやすく、道路の関係で風だまりとなる、(ニ)新国道に添つているため塵埃をかぶつてガラスが汚され光線不足となる、(ホ)新国道の真下にあるため自動車の鋲片、ガラス、砂利が飛び自動車が転落する等事故発生の危険な位置にある、(ヘ)地形が三角形で利用率が低く面積が狭い、(ト)同地に行くためには東海道線を横断しなくてはならないが、踏切ガード等施設がなく、また、同地への運搬路がない等の欠陥があつて、温室経営には不適当である。控訴人はそのほかに温室経営に適当な土地を有しておらず、また他からこれを入手することも不可能である。このため、控訴人は温室及びフレーム経営をすることができなくなつたのである。従つて、その経営による収入を失つたのであつて、これは本件土地収用によつて通常生ずる損害である。そしてその一年間の収入は金百五十四万三千七百六十五円であつて、その六年分金九百二十六万二千五百九十円がその損失である。

三、従つて、右損失金千三百十七万四千百七十八円から裁決による補償額金三百三十七万五千六百二十三円を控訴した金九百七十九万八千五百五十五円及び収用の日の翌日である昭和三十三年六月二十六日以降完済まで民法による年五分の損害金の支払を求める。

第三、被控訴人の答弁

控訴人主張の第一項の事実は認める。第二項のうち残地に損失の生じたことは認め、その余は争う。損失額は裁決による補償額の範囲内である。ことに、控訴人の温室経営につきその替地がないとの主張は否認する。控訴人は下ウタリ五百二十三番の二の残地二百六十二坪九合八勺、同五百二十三番の一の残地九坪三合及び十坪七合八勺(合計二百八十一坪八勺)を所有し右残地は三角形の一団をなす畑であつて、八十二坪五合の温室を移転しても、日照方位ともに劣ることなく、堪水も盛土により解決し、建坪に二倍する予備地もあり、優に従前の経営を継続できるのである。仮りに、右土地に温室の移転ができないとしても、控訴人は昭和二十九年度に温室経営をしたのみで昭和三十一年昭和三十二年は殆んど使用していないのであるから、昭和二十九年度の収益を根拠として補償を求めることはできない。また、控訴人の温室栽培及び農業経営による所得の申告は昭和二十九年度金十九万九千円、昭和三十年度金三十三万九千八百円、昭和三十一年度金三十万六千円、昭和三十二年度は温室栽培による所得は計上されていない点からみても、控訴人主張の如き収益はなかつたのである。

第四、証拠関係<省略>

理由

控訴人が第一目録の土地及び同久保下二十九番の一の地上に第四目録の物件を所有していたこと、主張のような静岡県土地収用委員会の裁決がなされたことは、当事者間に争いがない。

一、収用地の損失

成立に争いない甲第五十八号証、原本の存在及び成立について争いない乙第二号証、原審証人長谷川実の証言により成立の認められる同第四号証の三、五、成立に争いない同第六号証、原審及び当審証人長谷川実の証言、原審における鑑定人田村二郎の鑑定によれば、起業者は昭和三十年春一筆測量を始め、同年十月から買収協議に入り、昭和三十一年一月本件土地の近隣である大野新田下ウタリ五百十七番の二、三、五百二十番の三、四、五百二十一番の一、二、五百二十四番の土地が坪当り金三百四十円、五百二十二番が坪当り金三百四十五円、大野新田久保下五百五十二番の四、五百五十三番の四、五百五十四番の三、五百五十五番の三、五百五十六番の三が坪当り金千百円、田中新田久保下二十八番の二、二十九番の二が坪当り金千円で買収の調印がなされたこと、右買収価格は時価より高いといわれていたこと、控訴人との協議が成立しなかつたので昭和三十二年裁決申請をしたこと、昭和三十三年三月二十四日鈴木信市が同収用委員会の委嘱により本件土地の時価の鑑定をしたこと、その評価額は大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二が評当り金五百円、田中新田久保下二十七番の一、三、二十九番の一が坪当り金千三百円、二十七番の四、六が二千六百円であること、右鑑定は収益還元法を用い近隣地の売買実例を参考としたものであること、起業者が近隣の売買実例を参考にして同収用委員会に申請した価格もこれに近かつたこと、原審鑑定人田村二郎の鑑定の結果は鈴木信市の鑑定と同一結果であること、同収用委員会が現地調査をなし、鈴木信市の鑑定を参酌して補償額を決定したことが認められる。右事実によれば、同収用委員会の定めた補償額が当時の土地の相当時価であると認められる。当審における鑑定人立花寛の鑑定は、収益還元法及び売買実例を基礎とし、これに土地高騰の傾向を参酌して鑑定しているが、昭和三十七年八月において昭和三十三年六月当時の時価を評価したもので、その基礎とする数値に正確を期し難く、土地高騰の傾向も推測の域を出でず、採用し難い。

二、残地の損失

右甲第五十八号証、乙第四号証の三、五、原審証人長谷川実の証言により成立の認められる同号証の六によれば、鈴木信市が昭和三十三年三月現地を調査し、残地は地形を損じ、又は、道路から著しく低くなつて従前の価値を損じたこと、その損失の割合は大野新田下ウタリ五百二十三番の一の残地が八〇パーセント、田中新田久保下二十七番の一、三の残地が五〇パーセント、同二十九番の一の残地が七〇パーセントであつて、その損失額は第三目録の鈴木田村鑑定人欄のとおり合計金二十一万六百七十円であると評価したこと、同収用委員会が現地調査をなし、鈴木信市の鑑定を参考として補償額を定めたことが認められる右事実によれば、同補償額が当時の右土地の相当損失額であると認められる。

三、物件の補償

(イ)  夏菊

成立に争いなく、原審における控訴本人尋問の結果により昭和三十三年五月頃撮影された写真であると認められる甲第二号証、成立に争いない甲第五八号、前記乙第四号証の三、原審証人川合よし、高橋しづゑ、長谷川実、当審証人沢井毅の各証言、原審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が昭和三十三年一月頃夏菊一万五千本を田中新田久保下二十七番の一、三の土地に植え夏に出荷する予定でいたこと、本件収用手続が進んだためその管理を充分しなかつたこと、鈴木信市が昭和三十三年三月収用地の立毛状態を調査した際に夏菊のあることに注意しなかつたこと、起業者も夏菊のあることに気がつかなかつたこと、控訴人が収用委員会に対し夏菊の損失として金三万五千八百二円の補償を請求していること、この菊はつぼみを持つまで成長していたこと、そのまま起業者の建設工事により地下に埋められたことが認められる。右事実によれば、控訴人は夏菊一万五千本を植栽したが収用予定地にあつたため管理に努力せずその成長も十分でなく、また、収用当時植え替えは不可能であり、収用当時の価格は金三万五千八百二円であつたと認めるのが相当である。当審における鑑定人山崎肯哉の鑑定中、夏菊に関する部分は理想的な管理栽培がなされたことを前提とするものであつて本件に適切でないので採用しない。

(ロ)  梨樹の損失

原審における高橋しづゑの証言及び控訴本人尋問の結果によれば、大野新田下ウタリ五百二十三番の一の土地に八、九年生の梨樹九十本が植えられていたこと、同土地が収用される予定となつたので控訴人が昭和三十二年春頃これを取り除いたこと、その価格が一本当り金千五百円で合計金十三万五千円であることが認められる。

(ハ)  温室及びその附属物

控訴人が久保下二十九番の一の土地に別紙第四目録記載の温室その他を所有していたこと、その移転補償として同目録補償額欄のとおり金八十八万九十六円の補償がなされたことは争いない。右物件の移転場所があると認められることは後記のとおりであるから、本件は控訴人主張のような物件補償をなすべき場合に当らないが、控訴人が、物件補償として求める額は右移転補償額と同額の金八十八万九十六円である。いずれも温室及びその附属物の補償であることには違いがないので、総額の結果には影響はない。

四、温室の移転先

成立に争いない甲第五十八号証、乙第二号証、同第四号証の四、原審証人沢井毅、芹沢高久、長谷川実、当審証人芹沢高久の各証言、原審及び当審における検証の結果、当審における鑑定人松原茂樹の鑑定によれば、控訴人が大野新田下ウタリ五百二十三番の一(二十歩)及び二(七畝二十八歩)の残地を所有していること、控訴人が同所及びこれに続く他人の水田を取得して盛土して収用地の替地として貰いたい旨収用委員会に申し立てていること、右土地は一体をなし現況畑であつて、地質水位ともに旧温室敷地と大差がないこと、同土地はやゝ排水が悪いが一尺五寸の盛土をすればその弊害がないこと、その費用は後記移転費の一部として補償されていること、北東を新国道が走つているが、この国道があつても朝の日照においてはさしたる影響がないこと、新国道は残地から三尺離して基底部を築き、道路の幅員は基底部の幅員の二分の一であり、道路面は完全に舖装されていること、同土地は旧温室敷地より控訴人の住宅に近いこと、同土地に行くには、国鉄東海道線を横断しなければならない不便と危険はあるが、従前も国道を通つて温室に行つており、自動車の交通量等を考えてみれば、交通の難易にそれほどの差異はないこと、同土地が従前の温室場所より控訴人宅にはるかに近く、従前の場所は自宅から見透ができないが右土地は見透ができ管理に便宜であること、風害、塵埃ともに旧温室敷地と差異がないこと、温室経営のためには温室の三倍の広さの土地があればよく、右土地は旧温室八十二坪五合の三倍以上の実測二百八十三坪六勺あること、農道があつて、通行に不自由ないこと、控訴人は従前運搬用車輛としてリヤカーを使用しており、農道をその通行できるように改装することは容易であること、控訴人は長年にわたり八十二坪五合の温室を経営して拡大もされずに過ぎていたこと、一町四反余の田畑を耕作して、昭和二十九年度における温室及び農業経営の所得申告が金十九万九千円、昭和三十年度金三十三万九千八百円、昭和三十一年度金三十万六千円が計上されていたこと、控訴人方の稼働人員が控訴人夫婦と三人の子供であることが認められる。右事実によれば、大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二の残地は旧温室場所の代替地として使用できないことはなく、温室経営を拡大する余地はないが、従前どおりの経営が成り立つと認められる。当審における鑑定人山崎肯哉の鑑定及び証言は、理想的経営を基礎として立論するもので、理論として参考になるが本件には適当でなく、採用し難い。

従つて、大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二の残地二百八十三坪六勺は、旧温室の代替地として使用に耐えるといわねばならない。

五、温室経営の廃止による損失の補償

右のとおり控訴人は温室の移転場所として大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二畑二百八十三坪六勺(実測)を所有しているのであるから、温室を同所に移転することができ、移転すれば従前の温室経営を継続することができる。従つて、温室経営による収入を取得することが可能であるわけである。このように温室の移転先が現に存しながら移転せず、ために温室経営が廃止となるのは、控訴人の自由な意思によつて生ずる結果であつて、収用と因果関係がない。従つて、温室廃止による損失は補償する必要はない。

のみならず、前記乙第二号証、原審証人中村新吾の証言、原審及び当審における検証の結果に第五項認定の事実を総合すれば、本件土地附近には多くの田畑があつて、八十二坪五合の温室を設置するに足りるその三倍の面積を持つ温室に適当な土地は本件以外にもあることが認められるのであつて、本件田中新田二十九番の一の土地が温室適地として唯一のものではない。そうだとすれば、温室場所の補償金をもつて他に温室適地を買い入れて温室を移転しその経営を継続することができないわけではなく、その手段を尽さずして、温室の移転先がないということはできない。

六、フレーム栽培の中止による損失。フレーム栽培は木又は竹等の枠にビニールをはつてこの中で花卉等の栽培をするものであつて、フレーム栽培のためには、一般の耕地と異つた特別な条件が必要であると認めるべき証拠はなく、また、控訴人が従前フレーム栽培をしていた耕地の面積も明らかでなく、更に、控訴人の所有地のなかでフレーム栽培ができないと認めるべき証拠もない。当審鑑定人山崎肯哉の鑑定中フレーム栽培に関する部分は、理論にのみ基づき控訴人の実際の栽培状況に基づくものでなく、このことは、当審において同鑑定人がなした証言によつて明らかであるから、右鑑定は控訴人のフレーム栽培の規模を認めるべき証拠となすに足りない。また控訴人が高度の輪作体系を立て、温室予備施設であるフレームに球根を植え苗を育てて温室内に移植し花卉にまで育成し、温室とフレームとは不可分の関係にあつたとする山崎鑑定人の鑑定は前記のとおり控訴人の栽培の実状を基礎としたものでないから、同事実を認め難い。かえつて、前記乙第四号証の四、原審証人沢井毅、長谷川実の各証言によれば、控訴人はかかる集約的栽培方法を採用していなかつたことが認められる。

七、その他通常生ずべき損失

(イ)  温室等移転に必要な経費

控訴人は物件の収用補償費として請求しているが、同物件は大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二に移転することができることは前に認定したとおりであるから、移転費用の補償をなすべく、収用補償を求めることはできない。そして、前記甲第五十八号証、原審証人石切山久雄の証言により成立の認められる乙第四号証の二、同証人及び原審における証人長谷川実の証言によれば、起業者は温室等の移転費用及び移転先の下ウタリの土地に一尺五寸の盛土をする費用を合わせて金八十八万九十六円の見積で申請しており、右移転費用が右金額を超過していると認めるべき証拠はない。そして、右見積額は起業者において自認するところと認められる損失額であるから、同金額以下に認定することはできない。

(ロ)  温室休業による損失

控訴人は温室廃止による損失について補償を請求しているので、その休業による損失についても補償を求めるものとみられる。

前記甲第五十八号証、原審証人長谷川実の証言によれば、温室の休業による損失は起業者において金十六万五千円と見積り収用申請をしていることが認められる。前記乙第四号証の四、原審証人沢井毅の証言によれば、収用時はメロンの栽培期に当りその収穫ができないために生じた損失であるが、同損失額が右金額を超過すると認めるべき証拠はない。そして右金額は起業者が収用委員会に申請した金額であり弁論の全趣旨によりこれを自認するものと認められるところであるから、同金額以下に認定し得ない。

(ハ)  離作料

控訴人の温室フレーム経営の廃止による損失の主張は耕作規模の縮少による損失を含むとみられるので右につき判断する。土地収用法第八十八条に掲げる離作料とは、耕作者が耕作をやめることによつて生じた得べかりし利益の喪失の補償をするものではなく、収用物件以外の、農耕用具、役畜、種子、肥料等農業用資産に投下された資本が耕作の規模の縮少により回収又は償却不能となつて損失に帰する場合にこれを補填し、又は稼働力に余剰が生じその転用方法がない場合にその損失を補填するものである。控訴人は田畑三反三畝二十三歩宅地(現況畑)四十六歩三合三勺収用されたから、右のような損失の生じたことは推測し得べく、その金額については、甲第五十八号証により起業者及び控訴人とも従前争いなかつたと認められる金十七万七千四百九十五円をもつて相当額と認める。

(ニ)  不便による損失

控訴人の大野新田下ウタリ五百二十三番の一、二の土地は温室適地でないとの主張は、同土地が従前の温室場所に比し不便であるとの主張を含んでいるので右につき判断する。

第四項に記載したとおり、右土地は従前の土地よりも控訴人宅に近く見透もきき、その往復に東海道線を横断する必要はあるが、従前の温室場所に行くにも自動車の往来のはげしい国道を使用していたことを考えれば、特に右土地が従前の温室場所よりも不便であるとは認められない。もつとも、リヤカーの通路を作る等若干整備の必要があるとしても、前記認定の盛土に必要とする経費からみれば、後記のような補償額の損失額を超過する金五十五万五千六百五円をこれにあてれば充分のその出費をまかなつて余りのあらうことが認められる。

八、以上のとおりであるから、控訴人の損失は次のとおりである。

(イ)  収用地  金百二十三万二千百七十七円

(ロ)  残地   金十九万四千四百五十円

(ハ)  夏菊   金三万五千八百二円

(ニ)  梨樹   金十三万五千円

(ホ)  温室移転 金八十八万九十六円

(ヘ)  温室休業 金十六万五千円

(ト)  離作料  金十七万七千四百九十五円

合計        金二百八十二万二十円

ところで、土地収用法第百三十三条の規定による損失の補償に関する訴は、損失額と補償額との過不足の金額につきその支払を受けさせることを目的とし、被収用者の提起する訴は、収用による損失の補償を請求原因として補償の不足分の支払を求めるものであつて、裁判所は被収用者の主張する箇々の損失につきその有無及び範囲を定め、補償額が損失総額に不足する場合にその支払を命ずべく、裁決における補償の内訳の金額の過不足又は無補償に拘束されることはないと解される。

そして、静岡県土地収用委員会が金三百三十七万五千六百二十五円の補償額を定めたものであるから、控訴人の損失は十分補填されているのである。従つて、控訴人の本訴請求は理由がない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条、第九十五条により主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 渡辺一雄 太田夏生)

(別紙第一ないし第五目録省略)

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